ミラノ観光~スフォルツェスコ城編

最後の晩餐を見た後、ミラノ市内にある城塞、Castello Sforzesco(スフォルツェスコ城)↓へ向かいましたよ。
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スフォルツェスコ城、スフォルツァ城とも言われています。

そう言うと、ピン とくる方もいらっしゃるかもしれませんが、ルネサンス期にあたる15世紀~16世紀にミラノなんかを支配した
スフォルツァ家のお城ですよ。

お城自体は、フランチェスコ・スフォルツァがヴィスコンティ家のお城を改築してできた城塞です。

スフォルツァ家と言えば私の中では、ダ・ヴィンチの初期パトロンであったルドヴィーコや、正妻の子ではないけれど、『ルネサンスの女たち』↓にも出てくる、ルネサンス期の女傑、カテリーナなんかがパッと思い浮かびます。
ルネサンスの女たち (新潮文庫)

スフォルツェスコ城の壁にはこんなのが↓
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これを見て一番に何を思い浮かべられますか

車好きな方なら、さしずめAlfa Romeo(アルファ・ロメオ)でしょうか?!!

こちら、Visconti(ヴィスコンティ家)の紋章にも、Sforza(スフォルツァ家)の紋章にも出てくるビショーネです。

ミラノ公国が存在した時代、最初にミラノ公国を支配したヴィスコンティ家、次のスフォルツァ家、そして初期のスペイン支配下の時までこのビショーネは紋章に組み込まれたいたようです。

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ちなみにスフォルツェスコ城は、今は美術館として活躍していますよ。

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San Giovanni Nepomuceno(ネポムクのヨハネ)像

ここスフォルツェスコ城は、ヴィスコンティ家、スフォルツァ家を経て、スペイン支配下に入ることを上で書きましたが、正確には、スペイン系のハプスブルク家の支配下に入ります。

それが1535年からなのですが、その後、オーストリア系のハプスブルク家の支配下へと変わっていきます。

オーストリア系のハプスブルク家の支配下の際、オーストリア軍の守護としてこの像が置かれたと言われているそうですよ。

お城の近くには・・・

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Arco della Pace(平和の門)

門の上の像がお城を見つめているようでしたよ。

テーマ : イタリア - ジャンル : 海外情報

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