Juuuust chillin' out!!

イタリア人科学者の相方と暮らす大阪人Giannaの日記

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Compiègne~Hôtel de Ville

さてさてすったもんだで到着したCompiègne(コンピエーニュ)!

相方はお仕事(会議参加)で来てるので、会議場所へ。

一方、私はバカンスで来てるので、早速町にくりだしますよ

ちなみにコンピエーニュの旅は6月29日~7月3日でした。
29日は移動で終わった(疲れて終わったが正解)。

私の予定では30日にコンピエーニュの町の観光を済ませ、1日と2日(3日は朝から移動)は別のところへ行こうかな・・・って感じでした。

なので、この日は精力的にコンピエーニュの町歩き!
そのため写真がめっちゃ多いです。
だから、何回かに分割して町をご紹介しますね

まず向かった先はタイトルにもあるようにHôtel de Ville
30061401.jpg

えっ?!ホテル???って感じですが、市庁舎のことです。
フランス語ってややこいですよね

30061402.jpg

コンピエーニュの市庁舎は1498年~1530年に建設されたそうです。
ゴシック建築様式ですよ。
こちら、19世紀後半に修復されたようです。

市庁舎の前は広場になっています↓
30061403.jpg

上の写真でもちょっと写っていますが、この市庁舎を見据えるように・・・

30061404.jpg
↑Jeanne d'Arc(ジャンヌ・ダルク)像

“Pucelle d'Orléans(オルレアンの乙女)”と呼ばれた彼女が何ゆえにコンピエーニュ

フランス王国の王位継承をめぐるヴァロワ朝フランス王国と、プランタジネット朝&ランカスター朝イングランド王国の戦い=百年戦争の際、“Siège de Compiègne(コンピエーニュ包囲戦)”の援軍として、ジャンヌが率いる軍がコンピエーニュへ向かったんです。
でも、1430年5月23日にMargny-lès-Compiègne(マルニー・レ・コンピエーニュ)に陣取っていたブルゴーニュ公国軍を攻撃した際、ジャンヌはブルゴーニュ公国軍の捕虜となってしまうんです
その後、イギリス軍に引き渡され、異端審問、俗に言う魔女裁判にかけられてしますんですよね。。。

ちなみにこの日の夕食をこの付近と相方と取るのですが(そのお話はまた後ほど)、その際に相方が・・・

相:市庁舎の上見てみ!!
  3人子供がおるで!!
G:え~、見えへん!

で、カメラのズームで写真を撮ってみると・・・

30061406.jpg
↑おっちゃん(失礼)3人やんかっ!

Les Picantins(Langlois, Lansquenet et Flandrin)と言うそうで、フランソワ1世時代の兵士だそうだそうです。

噂では15分毎に動くそうなんですけど(下のついてる鐘を鳴らすそうです)、確認できず・・・
鐘の音は何度が聞いたんだけどねぇ。。。

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